「ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)」

一部では絶賛する意見もあるので立ち読みしてみた.「イノベーションのジレンマ」のような物を期待していたが全然違った。こんなもののどこがいいのか,さっぱり理解できん.

イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard Business School Press)

イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard Business School Press)


バズワードを定義もせずに並べ立て,なんとなく「分かった気にさせる」書き方が目に付く.「向こう側」「こちら側」という書き方などはその最たるものだ*1.技術的にもビジネス的にも掘り下げ方が足りず,表層的な部分にごく僅かに触れるのみ.論理も飛躍しすぎていたり,根拠が薄弱な箇所も多い.*2真面目にツッコミ始めたら切りがないだろう.たとえ結論そのものは正しくても,これだけ論理が破綻していればこの本で論じている内容に意味はない.まるで「ハウステンボス物語―男たちの挑戦」のようだった.*3


中身を見る限りは,少なくとも金を出すだけの価値がある本には思えなかった.なんでこんな本が売れるのだろう??

「博士号を持った最高のエンジニアがオペレーションの泥仕事を、毎日毎日死に物狂いでやっているような会社ですよ」と言うと、彼らは一様にがっかりする。優秀な人間は自分で手を動かさず誰かに何かやらせる風土になってしまった企業から見ると、「そんな会社にはかなわないなぁ」という印象を持つようだ。
http://d.hatena.ne.jp/lamuu/20060328/1143553950

いや,そうじゃないと思う.

そういう企業では「最高の研究者が作り上げた『科学的なんとか開発手法』や『最新開発ツール』*4を用いて,科学的に分析したマネジメントプロセスで1万人規模のインド人技術者を科学的に管理しているのだ。」というような答を期待しているのだと思う.よって「現場で泥臭い努力をしましょう」「技術の最先端は職人の泥臭い努力で実現されているのだ」と言われてもピンとこない.

なにより,それでは「1万人の技術者に丸投げして,自分たちはその途中でピンハネしてボロ儲け」というビジネスモデルが崩れてしまい,彼らのささやかな虚栄心の拠り所を失ってしまう.彼らが求めるのは,今までの多重下請け構造に基づくビジネスモデルを補強してくれるトンデモ理論であって,「それを破壊して現場主義に回帰すべきだ.」という正論ではないのだ.

*1:なんとなく,Webが全部良くて,それ以外は全部ダメ的な議論が多い.が,実際にはネットビジネスでも数多くの失敗事例が出ている.それこそネットバブル崩壊時には多くの企業がバタバタと潰れたし,Amazon以外のネット通販ビジネスがなかったわけでもない.巨額の資本金を集めたものの,巨額の広告費で使い果たしてスピード倒産したスポーツ用品販売会社がニュースになったこともあった.今となってはその会社の名前を調べるのも一苦労だ.検索エンジンにしてもAltaVistaやgooなど多くの検索エンジンが存在した.Googleは後発であったが検索精度が優れていたために奇跡的に勝てただけだ.Googleの勝利は何よりも技術力の勝利であり,それ以上でも以下でもない.

*2:Thinkpadの売却とGoogleの株式公開を比較して、一体なんの意味があるのだろう?Thinkpadはブランドとしては評価は高いが、パソコン事業自体が成熟産業であり、今後の急成長は望めない。これに対しGoogleは名実共に検索エンジンの世界No1企業であり、今後の成長も期待できる。株価というのは「期待値」を反映して上がるので、成熟産業よりは成長中の企業の方が高く評価されるのは普通のことだ.

*3:この本は数年前に古本屋で購入した.バブルの申し子,ハウステンボスの壮大な夢物語を知ることは,バブルという人間の愚かしい行動を理解する上での参考になると思ったからだ.この本ではハウステンボスがいかに野心的な都市開発計画であり,それが将来日本が世界に誇る近代的な人工都市となるのかという壮大な夢物語が生き生きと描かれていた.その「ハウステンボス」がその後どうなったかは,言うまでもあるまい.
「(興信所の調査レポートによると)『神代は誇大妄想である』と人物評が書いてある。九州支店には『本人を知らない者達の世迷い事なんかに惑わされることはない.この事業はどんなことがあろうと,やることになっている.』と言いましてね.もちろん,興信所のレポートは私が握りつぶした.」(ハウステンボス物語―男たちの挑戦より.) この時に興信所のレポートを真摯に受け止めていれば,巨額の損失を出さずに済んだものを.

*4:もっと分かりやすく言うと『銀の弾丸』。