麻布中学入試ドラえもん問題(2):思考実験

http://www.inter-edu.com/nyushi/2013/azabu/sci/ 問題.
http://d.hatena.ne.jp/JavaBlack/20130203/p2 http://javablack.hatenablog.com/entry/20130203/p2の続き.

幾つかの例を示してみる.

工場で再生産される生命体

地球人が科学力を発達させて,人工子宮を開発しました.体外受精して作られた受精卵をここで胎児になるまで育てて出産しました.この子供は生物でしょうか?また「産みの親」は誰でしょうか?

生物.
あえて言うなら「産みの親」は人工子宮.

人工子宮を大量に用意して,出産工場が整備されました.多くの人間がこの工場を経由して出産されるようになりました.ここで生まれた子供は生物でしょうか?

生物.

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ES細胞などをベースにして卵子自体を作れるようになりました.この卵子に親となる男女(1名以上!)から取得したDNAを組み込んで「受精卵」を作り、上記出産工場で子供を作りました.この子供は生物でしょうか?またその「親」とは誰でしょうか?

生物.
親はDNAを提供した男女.ただしそれが二人であるとは限らず,一人(クローン)や三人以上の親を持つ可能性もある.「両親」という単語の意味が変化してくる.

DNA合成機が発明され,基本的なATGCの組み合わせを完全制御したDNAが作れるようになりました.この「合成DNA」を組み込んで,人工卵子に組み込んだ「受精卵」を「出産工場」で製造した胎児は生物でしょうか.またその「親」とは誰でしょうか?

生物.
親はDNA合成を依頼した依頼主,または合成するDNAを設計した設計者,又はDNA合成機を操作したオペレータ.おそらくは依頼主が最も有力だが,依頼や設計をコンピューターが自動的に行った場合は,コンピューターが「遺伝子上の親」となる可能性もある.

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長年にわたり出産工場を使い続けた結果,人類の子宮は退化しました.そして出産工場なしには子供が作れなくなりました.出産工場で作られた胎児は生物でしょうか?

生物.*1

サイボーグ技術がとても発達し,多くの人間がそれを使うのが当たり前になりました.サイボーグは生物でしょうか?

おそらく生物.

出産工場から「出荷」される前に全身サイボーグ化されるようになりました.この脳以外がサイボーグ化された胎児は生物でしょうか?

おそらく生物.

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脳さえもサイボーグ化した胎児も作られるようになりました.彼等は生物でしょうか?

おそらく生物.

脳を完全機械化した胎児も作られるようになりました.彼等は生物でしょうか?

議論は分かれるだろうが,生物である可能性はある.
http://www.usskyushu.com/ds9/59.html

地球外生命体

人間が他の星へ植民した後,数万年〜数百万年孤立して,地球人と差違のある状態になりました.彼等は生物でしょうか.

生物だし,おそらく地球人.霊長類ヒト属ヒト科ホモサピエンスの亜種として記録されるだろう.*2

天文学的確率で,DNAやアミノ酸で構成された地球人型異星人が,地球以外の星に独立して発生していました.彼等は生物でしょうか.

生物.

天文学的確率で,DNAやアミノ酸によく似た,しかし微妙に異なる有機質で構成された地球人型異星人が,地球以外の星に独立して発生していました.彼等は生物でしょうか.

生物.

「異星人とはなんぞや?」というのも問題だが,とりあえずこの時点ではスーパーマンウルトラマンE.T.みたいなのを想像してもらえばいい.もちろん地球人とのコミュニケーションも,彼等自身による出産も可能と仮定した上でだ.*3 *4

DNAやアミノ酸をもっていない,有機質で構成された地球人型異星人が,地球以外の星に独立して発生していました.彼等は生物でしょうか.

おそらく生物.

DNAやアミノ酸をもっていない,有機質で構成された非地球人型異星人が,地球以外の星に独立して発生していました.彼等は生物でしょうか.

生物.

DNAやアミノ酸をもっていない,ケイ素基で構成された非地球人型異星人が,地球以外の星に独立して発生していました.彼等は生物でしょうか.

生物.

たとえばTOSの「宇宙怪獣ホルタ」のようなものを想像して貰えば良い.

DNAやアミノ酸をもっていない,炭素基やケイ素基以外の物質で構成された非地球人型異星人が,地球以外の星に独立して発生していました.彼等は生物でしょうか.

議論は分かれるかもしれないが,生物である可能性はある.

たとえば「竜の卵」に登場するチーラや,「サンダイバー」に登場するプラズマ生命体.DS9のオドーもこのタイプだろう.

竜の卵 (ハヤカワ文庫 SF 468)

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サンダイバー (ハヤカワ文庫SF)

サンダイバー (ハヤカワ文庫SF)

その他

良くありがちな反論について見ていく.

ドラえもんはロボットだから生物では無い.

人間を含め,地球上の既知の全ての生命体は炭素基ロボット.ロボットであることと,生物であることとは直行する概念だ.

工場で出産って反則じゃね?ドラえもん自身が出産すべきだろう.

1,女王蜂と働き蜂のように,出産担当とそれ以外に分化した種は存在する.
そもそも多くの生物が男性と女性に分化し,有性生殖を行っているのだから,さらに分化したドラえもん型ロボットの雌が工場,雄がドラえもんと考えてもなんら問題は無い.このような高度な分化/専門化は進化の一形態と言っても良いと思う.

エンダーのゲーム (ハヤカワ文庫 SF (746))

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2,必要とあれば,ドラえもんが体内にドラえもん型ロボット製造工場を備えるのは難しくない.
なにしろ四次元ポケットがあれば,工場をまるごとその中に入れることなど造作も無い.大きすぎて入らないとしたらスモールライトで小型化した工場を入れ,ミニドラえもんを製造し,それを取り出してからビッグライトで大きくすれば良い.

子宮など,しょせんは「内蔵できる小型製造工場」に他ならないのだ.

ドラえもんドラえもん工場は,「親」から精子卵子の提供を受けていないので親子ではない.

親子関係において必要なのは精子卵子ではなく,親の形質をうけつぐこと.*5

前述したDNA合成機の例が顕著だ.現在の科学ではさすがにそこまでは行かないが,「親」のDNAだけを抜き取って卵子に移植しクローンを作る所までは行っている.もしDNAを合成できるようになれば,親子関係に必要なのが親の形質,すなわち「設計情報」のみであることがより明確になるだろう.

遺伝子=設計情報がDNAに書き込まれていようとRNAに書き込まれていようとフラッシュメモリやさらに進化した記憶デバイスであろうと,それは本質的問題では無い.より進化した生命体ほど,より集積度が高く信頼性の高い記憶メディアを使うようになるだろうとは言えるだろう.

TNGデータ少佐の娘「ラル」のように手作りで作成しても何ら問題は無い.

  1. 入試の設問で求められているのは生殖できるか否かのみ.
    無性生殖で単純な複製が作れるだけでも,設問で出てきた生物の三要件は満たすことができる.
  2. もし必要であれば,有性生殖や突然変異,進化など,それ以上の機能を追加することも造作も無い.
    製造工場にある設計図を書き換えたりすることで人為的に「品種改良」できるのはいうまでもあるまい.好ましい性質だけを組み合わせることだって難しくはない.

さらに「造物主の掟」であるような形式で実装すれば「遺伝的変異性と組みかえ,競争,淘汰,それに適応 ー 進化を続けるのに欠かせないあらゆる要素」をも再現可能.

生殖活動に秘密道具を使うのは反則じゃね?

  1. ひみつ道具や四次元ポケットは機械生命体ドラえもんの一部である.
    たとえば鶏が体内から卵を外部に排出して切り離しても,やはり卵は鶏という種を構成する一部のままである.
  2. 人間でも出産時に医者に頼ったり,医療機器を使って帝王切開で胎児を取り出すこともある.*6
    しかしその場合でも生まれた胎児は,やはり生物である.
  3. 上記,人工子宮のように,炭素基生命体が機械の助けを借りたとしても,生まれた胎児はやはり生物である.
  4. とくに植物においては,繁殖にミツバチや鳥類のような他の種の力を借りる例は珍しくないが,その場合でもやはり生物である.
    この場合はドラえもんという機械生命体が他の機械生命体の力を借りる共存関係と見なすことができる.

ドラえもんは(肉体的に)成長しないからアウト

成長するのは既存の多くの種に共通してみられる特徴だ.だがおそらく必須の性質では無い.たとえば成体になった後は成長を止める種は珍しくないからだ.

上記人工子宮のたとえの続きで,例えば,

脳に直接学習すべき知識を焼き付ける技術が発明されました.人工子宮に入れられた胎児は,その後も人工保育器内で育てられ,必要な知識を脳に焼き付けられた後に,完全に成人してから出産するようになりました.かれらは生物でしょうか?

のような場合でも,彼等はやはり生物だろう.

既存の種においてそれが行われないのは成長に時間がかかる,製造工場が内臓できる小型のもので成体を入れることができない,などの理由による物だろう.*7


またドラえもんが必要に応じて部品を交換して「肉体的成長」をすることも不可能ではないだろう.*8 たとえば「旧式原子炉を新形原子炉に換装する」みたいなことだって有り得ない話ではない.「ビッグライトを照射して大きくする」ことだってもちろん可能.

ドラえもんは新陳代謝していないから生物ではない.

たとえば「食物を取り込んでエネルギーにする」のはドラえもんの原子炉でもやっている.

「古くなった皮膚が垢となってはげ落ち,下から新しい皮膚が現れる」みたいな機能については必ずしも必要では無い.必要があれば腕丸ごとでも交換できるだろう.これも一種の,より進歩した新陳代謝と呼んで悪いはずが無かろう?そういう点は機械生命体のより優れた点だ.たとえば人間だと古くなった心臓が機能不全を起こしても,そう簡単には交換できないから.限定的になら修復される素材も出始めている.*9 *10

逆に人間の歯(永久歯)や関節のように,再生せず交換もできない部位も存在する.*11 ヒビくらいならともかく,骨折も放置したままでは元通りにはならない.凍傷や壊死などによる大規模な欠損も修復不可能になることが多い.


「未来の二つの顔」のスパルタクスくらいになると,自分の一部で部品を製造し,ドローン(制御下にある小型ロボット)で故障箇所を修理したり,部品を交換したり,さらには自分自身を改良したり,新形ドローンを設計・製造したりできるようになる.

未来の二つの顔 (創元SF文庫)

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フィギュアライズメカニクス ドラえもん 色分け済みプラモデル

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*1:これを踏まえると,ドラえもん型ロボットが出産工場で「出産」するからといって,それだけではドラえもんが再生産不可能でもなければ,ドラえもんが非生物である根拠にもなりえないと言える.

*2:ヴァルカン人とロミュラン人くらいの差しか無い.

*3:地球人とのコミュニケーションが一切取れない非ヒューマノイド型宇宙人も考えられるが,議論が発散するだけなのでこの時点では保留しておく.

*4:ニーヴンは「スーパーマンの子孫存続に関する考察」という短編を書いている.

無常の月 (ハヤカワ文庫 SF 327)

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*5:地球上の生物でさえも,精子卵子を使わない生殖はあるくらいだからね.なにも有性生殖だけが生殖活動じゃない.

*6:むしろ近年だと,産婆さんや産科医などの他人に頼らずに出産することの方が珍しいような……

*7:だがこれは,ある意味では理想の奴隷製造方法ではあるのだが...

*8:パタリロのプララの方がこのパターンじゃなかったっけ.

*9:http://bizmakoto.jp/bizid/articles/0902/03/news099.html , http://wired.jp/2012/07/26/self-cleaning-paint/

*10:ドラえもんクラスのオーバーテクノロジーだと,ナノマシンで皮膚や各種内部機器を自動修復とかもありかもしれない.「僕の考えた最強のメンテナンスフリーロボット」みたいな設定だから,ちと恥ずかしくて口にするのははばかられるのだが.

*11:これが設計寿命通りと見なすか,まだ発展途上で進化の余地があるとみなすかは意見の分かれる所だと思う.