やっぱりSIerは終わってる

SIer / SEは終わってない」http://samuraism.jp/diary/2013/01/07/1357530960000.html
うーん,これはヒドイ,と思う.

近年「SIer」、そしてSIerの労働力の多くの割合を占める「SE」が「オワッテル」というような話を良く聞きます。

特に聞くのが「海外では」「欧米では」「アメリカでは」「USでは」といった枕詞を付けて構造・仕組みがおかしいという論調[*1]。
「日本では」、「海外と」「欧米と」「アメリカと」「USと」仕組みが違うので単純な比較は意味がありません。

単純比較に意味は無い.同意.

しかし,日本以外にSIerがないのであればSIerは必ずしも必要な存在ではない」ということまでは言えるだろう.*1

SIerの仕事のやりかたがおかしいということであれば市場原理が働いて[*2]オカシイ企業は淘汰されていくので心配ありません。

おいおい.

まず第一に市場は万能ではない.オリンパス損失隠し事件を見て,「オリンパス経営陣は立派だ!」と市場が認めたとでも?市場は大恐慌や日本の80年代バブルやリーマンショックは未然に防げたとでも?ほかにもしばしば指摘される談合とか,独禁法違反で真っ黒なJASRACとか.

そして仮に市場により淘汰されるとしても,実際に死に絶えるには長い時間がかかる.新聞とか出版業界とかも,長い時間をかけて死にかけていて,そしてまだ死に絶えてない.瀕死の巨象はまだ終わってないと言えるだろうか?

"SIer"が生まれた背景としてはコンピュータシステムが複雑化しすぎて、開発・運用に多くの人的リソースが必要になったということがあります。

そしてユーザー企業の直接的な採算部門ではない技術部門に専門技能を持つ(恐らくそれなりに高給の)エンジニアを雇い入れ、開発・運用するのは難しいです。また特にコストのかかる開発が一段落して運用フェーズに入った段階で労働力が余ると非効率になります。

ここはダウト.

日本以外でSIerが存在しない以上,その条件からはSIerの存在の必要性を導けない.非常に高度な技術の開発運用を,日本以外ではSIerを使わずに実現しているそうだ.なぜ日本でのみ不可能だと言えるのだろう?


そして仮に太古の昔にSIerが専門家集団であったとしても,今ではもはやそうは言えないだろう.

僕は、この話を「とりあえず会話ができそうな人をたくさん採用するので、そいつらを鍛えてみて、使えるやつだけ残していくよ」というような意味合いに取ったのだけど、本当のところはどうなのだろう。

ITを専攻している学生達からは、「就職時にITスキルが問われないのだとしたら、大学でやっていることには何の意味があるのか」という質問が出ていたのだけど、明確な回答はなかったと思う。その人たちは、ちょっとショックを受けていたような気がする。

一昔前は「体が丈夫で、従順に働いてくれれば大丈夫だよ」というスタンスで企業は採用を行っていたのかもしれないけど、今の大学生は結構将来のことについて考えていて、社会の構造は分からないなりにも自分のキャリアパスとか思い描いている。採用時にも自分の希望とその会社で描けるキャリアパスを考えて入社すると思うのだけど、学生はとりあえずコミュニケーション能力があればいいというのでは、学生は寄り付かなくなると思う。

その流れで、「入社時にITのスキルを問わないというのは、Googleのような企業の方針とは反対であるが、それですばらしいサービスを作ることができるのか」という質問が出たのだけど、「Googleの開発と日本のカスタムメイドなシステムを作るSIerの開発は違うもの。Googleはスモールチームで仕上げるが、日本は製造業的にラインを組んで仕上げるため、いろんな人材が必要になる。」とのこと。単に効率の悪いシステム開発をしているということではないかと思ったのだが、どうなのでしょう。使っている言語も違うだろうし、一概には比べられないかな。

http://d.hatena.ne.jp/itoyosuke/20071101/1193932945

学生だって馬鹿じゃない.SIerの本音なんて全部バレバレだ.

ユーザー企業が望んできた形と言えます。

ある意味でそれはYESだと思う.

あくまでユーザー企業の(無責任な)担当者や(無能な)経営者にとって一方的に都合の良い仕組みであって,ユーザー企業の真の主たる株主や,あるいはIT企業側,及びその労働者にとって望ましい仕組みではありません.

配置転換や経営の効率化など、解雇を回避する努力を最大限にしないと日本では解雇が難しいため、アウトソース先の需要が生まれました。

ここだけは日本の労働市場の問題の一つだし,SIビジネスが生まれた要因の一つだということに同意.

しかしこれがあったからといって,SIビジネスが必然的に生まれるわけでもない.


さらに最近では終身雇用なんてとっくの昔に形骸化してるし,IT業界なら首切りパワハラ派遣切り雇い止めなんでも御座れになってるので,もはやその話はあたらなくなってきている.

使っているテクノロジーが古いとか、開発のスタイルが古いといった「過程」は、多くの場合「結果」に注目するユーザーにはあまり興味のないこと。

だから日本の顧客はダメだと言われている.

過程には興味が無い?良い結果を生むためにはそれに必要な過程が存在する.良い結果を求めるならば,過程にも興味を持たなければならないんですよ.*2 顧客や上司やマネージャーが「オレは技術のことはよく分からん.あとは任せた」なんて無責任なことを言ってる間は,良いシステムを実現するのは非常に難しい.

開発に非効率な部分があるとすれば意図しているかしていないかにかかわらず収益構造上必要である場合も多くあります。

それで,SIビジネスの仕組みは収益構造上は必要かもしれないが,開発の効率化,コストダウン,品質向上,品質保証,経営の効率化,経営の高速化等々には,不要どころか邪魔なものなのです.


だから終わってると言われる.

対処方法は4つくらい。

一番重要な「顧客を変える」が抜けてるよ.


幾つかの選択肢を並べて一見すると全てを網羅してるかのように見せかけてるけど,一番基本的で重要な選択肢を省く.詭弁術だなあ.

4. グチを言う

せめて「適切な批判」と言え.

健全な市場を維持するには,適切な批判は必要不可欠だと思うが違うかな?



まあ,なんちゅーか,なれるSE7みたいな職場が散見されてさ,数多くの人間を鬱病に追いやったりさらには自殺者まで出してさ,それなのに顧客企業もSI企業経営者も,誰もその責任を問われないとすれば,それはもうこの業界が終わってるってことだと思うよ.業界に自浄作用がなくなってるんだもの.

http://d.hatena.ne.jp/JavaBlack/20120815/p1

http://b.hatena.ne.jp/entry/samuraism.jp/diary/2013/01/07/1357530960000.html

  • id:atsushifx そこは日本の経済が寡占主義や談合に陥りやすいからと思ってる。つまり、いまのSIer特に元請けは大型プロジェクトの保険として機能してる。個人などに対応できてないしイノベーションに対応できそうにない
  • id:tmtms ユーザー企業がエンジニアを雇って開発・運用できないとか、日本では解雇が難しいとかってのが、まさに SE がオワッテルって言われてる原因だと思うんだけども
  • id:rams 『使っているテクノロジーが古いとか、開発のスタイルが古いといった』ものが「過程」どころか「制約」とか「前提条件」になっちゃってるのはあると思う。

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*1:「日本以外にはSIerというのはない」と聞いている. 「受託開発」はあるかもしれんけど.まあ自分が海外で広くビジネスを展開しているというわけでもないので,十分な裏付けがあるとは言えないんだが.

*2:良い道具を使ったからといって良い結果が生まれるとは限らないが,最善の結果を得るためには最高の道具と最高の人材を揃えなければならない.