タイトルはアレだけど:「ソニーの久夛良木から、全人類の久夛良木へ」

http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0705/07/news007.html

彼のすごさは、革命家と事業家の両方の資質を十分に備えながら、一般ユーザーの眼も兼ね備えていたことです。

ただ、ソニー本体に目をやれば「モノづくり神話」の崩壊がささやかれ、業績的にも苦しい時期でした。その時期に彼は副社長兼COOに就任していますが、最大の貢献は次世代薄型テレビの主軸に液晶を据え、Samsungとの提携を進めたことでしょう。経営者としての評価はまだ定まっていませんが、この選択は経営にプラスに働いたはずです。

久多良木氏がソニーの上層部にいた時代、モノの価値を計り、どこへ投資するかというリーダーシップをとれる人は彼しかいなかったのです。

2000年からの5年間、ソニーは5%の経常利益を確保するため*1、将来に必要になるであろうコストを削減するような状況に追い込まれていました。そうなればモノ作りは近視眼的にならざるを得ません。そうした時代にトップになってしまったことが彼の不運だと言えるでしょう。

要するに,PS2が出た頃には既にソニーは1兆5千億円の負債を抱えた超借金経営に陥っており,既に戦わずして負けていたと.

借金で首が回らない状態であれば,久夛良木氏が頑張ろうとどうしようと敗北は必然だっただろう.彼の不幸はそれでもソニーにいたことだと思う.ソニーを愛していたからか,責任感ゆえか,それともソニーを去ることなど夢にも思わなかったからか,それは本人にしか分からないが.

*1:借金の利息を支払うために,技術開発や人材育成などの必要な投資さえも削らざるを得なかった。