「利潤追求の法王」の子供達

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20060328/233543/
関連:http://d.hatena.ne.jp/JavaBlack/20060117#p2

要は、原価構造が分かりにくいことを、このユーザーは問題にしていたのだ。

ITに限らずほとんどの業界で同じですね.私は自分が買っている1パック148円の低脂肪乳や1パック218円の牛乳の原価を知りません。10枚入り198円のスライスチーズの原価も知らないし一個980円のブルーチーズの原価も知りません.*1

ITが異なるのは「材料費」が存在しないこと.さらにはほとんどがオーダーメイドの一品物であること.また品質も機能もそれぞれに異なること.このためITの価格比較は,サンシャイン60と関西新空港の原価を比較するのと同じくらい馬鹿げた話になる.関西新空港と成田空港でさえも作られた時期や工法が異なるので,比較はほとんど無意味だろう.

なお,ITは原価構造が「分かり難い」というよりは,原価構造が「複雑」なのだ*2.分かり難いのはその結果に過ぎない.よって見積もりが極めて難しい技術の一つになっている.*3

ボリュームを出すから、安くして」と言えば、ITデフレが終わったはずの今でも、本当に安くなったりするのだ。

これは間違いではない.*4

実はITサービス会社から見れば、このささやきは辛くもあるが、とても魅力的だ。売上額というよりも、予想利益の絶対額の大きさが見えてしまうからだ。 1億円の案件で1000万円の利益よりも、10億円で5000万円の利益である。「利益率の向上」というこれまでのスローガンはどこかに消え、思わず食いついてしまう。

本当にボリュームだけ出してくれるなら,実はそれほど悪い話ではない.良く言うでしょう.弁当なんかで「一人分作るのも二人分作るのも手間は一緒」.

ソフトウエアの世界では「幕の内弁当一個」に比べ「幕の内弁当百個」のコストは,実はほとんど変わらない.これに対して「幕の内弁当一個」「のり弁当3個」「そぼろ弁当3個」「ブタ生姜焼き弁当2個,うち一個ご飯大盛りで」....とバラバラに注文すると,同じものを百個注文するより遙かに高くつく*5.さらには「幕の内弁当,ただしイスラム向けに豚抜きを5個」「同,牛抜きを3個」「同,ベジタリアン用2個」などと特別注文を出すと,もっと高くつくことになる*6

もし,ほぼ同じシステムをベースにごく僅かなカスタマイズで済むならば,たとえば1億円の案件で9000万円のコストがかかったものが,10億円の案件でもコストは2倍で済むかもしれない.これがカスタマイズだらけだと,コストは10倍かかるかもしれないし.無意味に複雑なカスタマイズを入れて肥大化するとコストは100倍になるかもしれない.*7

ユーザー企業からは「原価構造を明確にして、原価を引き下げることで料金を下げる提案を何故しないのか」という声をよく聞く。

自社の企業秘密を公開する企業が一体どこにある?

ちなみに価格を下げるのが目的ならば対応は簡単だ.同じものを使い回すか,さもなくば品質を落とせばいい.オーダーメイドやカスタマイズが増えれば触れるほど,品質を高くすればするほど高くつく.これは常識だ.

ユーザー企業と共に原価企画を行い、原価引き下げの果実を両者でシェアする。製造業では当たり前のことが、ITサービス会社でもできるようになれば、

製造業で当たり前かどうかはともかく,そもそもITの大半はいわゆる製造業ではない.よって製造業の論理は全く通用しない.

*1:普通は原価って企業秘密じゃ?

*2:「ソフトウエアの持つ本質的な複雑さ」によるもの.

*3:「ITの世界は他の世界と違って原価構造が不透明で分かり難い」と言ってる人って,要するに「ITは難しくて私の理解できる限界を超えてます」ってだけのことなんですよね.

*4:これって日産でもやった話だよなあ?ボリュームさえ増やして貰えるならコストダウンすることは不可能ではない.逆に「どんなネジでも一本から注文受け付けます」というのがウリの通信販売では,ネジ一本あたりの単価は通常より高く設定されているそうな.

*5:例えば数十倍〜百倍

*6:カスタマイズの程度によって数%〜天井知らず.弁当でも、例えば「ネギ抜き」とか「わさび抜き」くらいならほとんど追加コストは必要ないが,これが「小麦アレルギー、米アレルギーさらには卵アレルギーも持つ人専用弁当」なんてものを作ろうと思えば、材料も調理法も特殊なものが必要になり非常に高く付く.最悪では「バイオテクノロジーで作られたアレルギー物質を持たない米」まで自社開発しようとすると,弁当一個作るのに数年の月日と億単位の金がかかるかもしれない.ITのコスト構造はこれに同じ.

*7:つまり,ITの原価構造の半分はユーザー企業の側にある.灯台もと暗しですな.ユーザー企業がまず自分の足下を見なければ,原価構造が把握できなくて当然だ.