交換可能な部品

企業や組織全体として見た場合、不適切な人材配置は生産性や人材育成といった面で大きな損失を生じさせているといえます。また、客観的な判定手段の欠如は、配置した人材のスキルで「最後まで開発できるのか?」あるいは「どれくらい不足しているのか?」を定量的に分析することを不可能にします。(中略)
そもそも、プロジェクトの状況があいまいな状態であるため、管理者の勘や経験などを加味して、「設計ができる人5名」「C言語プログラマ10名」といった、非常にあいまいな表現で依頼を出すことになります。*1
http://www.atmarkit.co.jp/fembedded/etss/etss01/etss01.html

この前提として「人は交換可能な使い捨ての部品である」というものがある.
使い捨ての部品だから「M5*20mmのネジを5本と,同径のスプリングワッシャ3枚.大至急で.」のような感覚で,あたかも足りない交換部品を注文するように「レベル3のデータベース設計者を1個と,レベル1のCプログラマを4本.大至急で.」のように注文を出そうとする.

しかしナンセンスだ.人間は交換可能でもなければ使い捨ての道具でもない.レベルの高い開発者は特にそうだ.使い捨ての部品扱いされるようになれば,辞めていって当然だ.*2

これまでの開発手法が結局何をしたいのかと言うと、人間を交換可能な歯車にすることだ。そういうプロセスでは、人間は種類ごとに分類された資源として扱われる。「アナリスト1丁、コーダー4丁、テスター3丁、マネージャー1丁」みたいな感じで。連中が欲しいのはひとりの人間でなく、単なる役割なんだ。誰が来るかはどうでもいい、人数を揃えればいい。プランに関係するのは人数だけだから、それがわかればいいんだ。

こういうやり方をしてたら「本当にソフト開発に関わる人間は交換可能なパーツなんだろうか?」という疑問が浮かんでくる。「ライト」な開発手法で最も大事なことは、そういう考え方を断固として拒否することなんだ。
(中略)
このことが、強力なフィードバック効果を産んでしまう。もし、あなたが開発者が交換可能な部品であることを期待したとする。そしたら、チームは個々の人間で構成されていることを忘れてしまう。みんなやる気をなくし、生産性も落ちる。そして、デキる奴はみんな逃げ出してしまい、最後にあなたは期待どおりのもの・・・交換可能な部品を発見することになる。
http://www007.upp.so-net.ne.jp/kengai/fowler/newMethodology_j.html#A47

多くを語る必要はあるまい.

何故か日本の経営者は経営手法を変更しても,技術者の技術力は変化しない定数であると捉えたがる.どんなに腐った現場でも,技術者は辞めもしないしスキルもモチベーションも常に一定であるという,およそあり得ない仮定をする.モチベーションの維持は現場監督の責任で,スキルを高めるのは個人の責任だから,いずれも経営者には一切関係ないというわけだ.*3

しかし実際にはそれらは変数であり,それらこそが生産性を左右する最も重要なパラメータなのだ.このパラメータに比べれば他の要因など取るに足らない.そして上記の仮定をおくこと自体が,この主要パラメータを最悪の状態に書き換えてしまう最悪の経営判断となる.


ところで

組込みソフトウェア産業実態調査の「製品の開発資源・環境で課題として感じていること」の問いに対しての回答は、1位が「人が足りない」、2位が「メンバーのスキルが不足している」であり、慢性的な人材不足が浮き彫りになっています(グラフ4)。

については,おそらく2位が1位の原因だな.本当に足りないのは人ではなくスキルの方.スキルが高い人なら10人でできる作業が,スキルが低い人では500人でも完成しない.一度こうなると,さらに100人追加しても200人追加しても完成しなくなり,結果しか見ない経営者には,一見それがまるで数百人単位の深刻な人不足であるかのように見えてしまう.

そうなる最初のきっかけは「仕事の量が増える」のような単純なもので,経営者は何も考えずにそこに人を追加する.追加された人は一般的には平均以下のスキルの場合が多いので,全体としてスキルが下がり,生産性はそれ以上に下がる.そしてそういう現場からは優秀な人が抜けていくのでますます「人が足りない」になり,その結果さらに「メンバーのスキルが下がる」.後は悪循環.最後は一山いくらで人を投入し,上の人から辞めていくようなサイクルの一丁上がり.

*1:曖昧じゃなきゃいいのか?

*2:更に言えば「ブルックスの法則」(遅延したプロジェクトへの要員追加は、さらなる遅れをもたらす.)の問題もある.歯車ならば不足してから追加注文を出しても間に合うが,人材は不足した時点で既に手遅れ.その後から追加注文を出しても,傷口を広げるだけになる.

*3:「スキルを高めるのは自己責任」というのはあながり間違いではない.だが,その前提に立つならば,「社員の知識は会社の共有財産」という虫のいいことばかりは言っていられなくなる.よって「スキルを高めるのは自己責任」なのだからそれは名実共に私有財産であり,特にスキルの高い者には「相当の対価」を支払う義務が出てくる.