活力を失った若者たち
「最近の若者は活力というものが欠けている」という意見をチラホラと見かける.*1
それの真偽もたしかではない.活力は持っているけど,自分たちのことを棚に上げる老人たちの前では見せていないだけかもしれない.私だって「熱く燃えたぎる情熱」がたとえあっても,技術力がなければ情熱もない上司には豚に真珠なんで見せたりしない.見せて欲しければ,地位に見合う努力くらいしてもらいたいものだ.
しかし少なくともこの国では,やる気を失っても当然なことは既に周知の事実だ.その問題についてはとっくの昔に指摘されている.
中国、インドは優秀な学生が大勢いて、中国では学生の勉強のしすぎで彼らの健康の心配がなされているほどだ。学力低下が指摘されている日本とは大きな違いがある。中国では都市部と農村部などの社会格差が問題になるのでは、という問いかけにも、格差がなくなっては人々にやる気がなくなり、「日本のような共産主義になってしまい、国の活力がなくなる」とジョークで返される始末とか。
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0505/17/news119.html
もちろんこれはジョークではなく,事実だ.
http://d.hatena.ne.jp/JavaBlack/20050518#p1
今の会社では、というか日本のいわゆる大企業では、成果主義と言いつつ、内部では年功序列が幅を利かせている。ウチの会社に限らず、成果主義は、ただ人件費を削るためだけに導入されている。これじゃ、納得のいく待遇は、いつまでたってももらえない気がする。
http://d.hatena.ne.jp/heppokoprogram/20060323#1143119250
「出るものは,よってたかって叩きつぶす」という国民性.努力して成果を出した人を叩きつぶし,努力しなかった人を「救済」の名の下に横並び評価する共産主義国家.そのような共産主義国家において,努力や情熱になんの意味があろう?