われはロボット
ようやく見ました"アイ,ロボット".前評判は聞いていたので,アシモフのファンとしては金を払ってみる気はさらさらなく,地上波放映をひたすら待っていました.
見た感想を一言で言えば,「これは"I,Robot"ではない!」.
アシモフのロボット物でもないし,ロボット三原則はアシモフのロボット三原則じゃない.SFでさえない.タイトルを「ターミネーター4」くらいにした方がまだマシですね.少なくともSFとして見たならば「アシモフ原作」を騙るのはやめてもらいたい駄作でした.
映画「アイ・ロボット」をレンタルDVDで見た、久しぶりのクソ映画だ。ただ一つの救いは、TVの予告CMやキャッチコピーで既に悪い予感がしてたから、最悪の出来なのは想定内だったということだ。
この映画をこんなストーリーにした真犯人は誰なのかよく知らないが、自分が生涯をもって批判した考え方に対して自分の名前を冠して宣伝されるとは、つくづく失礼な行為だ。例えて言えば、カール・マルクス投資信託ファンドみたいなものだ。あるいは田嶋陽子杯ミスコンテストみたいなものか。
一応映画のネタバレ注意としておくが、本心から言えばこの映画のネタは内容が空っぽなので、ネタバレを気にするよりは、アシモフが本当に言いたかったことを理解してから反面教師として見てほしいと思う。
この映画、最初の30分だけはよかった。最初の30分で終わらせておけばかなり評価する。スーザン・カルヴィン博士もイメージそのままだし(若くて美人だという点を除けば)、事件の発端もなんだかアシモフSFミステリっぽい。妙に古臭い未来世界(というのは言葉の矛盾ではあるが)もいい。 http://iwatam-server.sakura.ne.jp/column/76/index.html
非科学的な喩えだが、もしアシモフが天国でこの映画を見たならば、小躍りしながら「なんてこった!この話は私も書きたかったやつじゃないか。」と言ったに違いない。
http://cinema.intercritique.com/comment.cgi?u=3476&mid=14792
そんなわけないでしょ.このレビューは間違いなく原作を知らないままに書いているだろう.
まったくその通り.
もちろん、わたくし的には、小説のほうが断然おもしろい(^-^)ロボット三原則「もしも」の実験場。主人公は「ロボット工学の三原則」だ。
http://littlefinger.tea-nifty.com/cottonboll/2004/10/post_2.html
右に同じ
原作との違い
挙げていけば切りがないので簡単に.
- スーザンキャルビンはロボ心理学者.ロボットの心理を誰よりも詳しく知る鋼鉄の女.人間よりもロボットを愛する女.
- R=サミィは「鋼鉄都市」に出てくる旧式ロボット.旧式なので複雑な判断はできない.ロボットには"R"を付けて呼ぶのが慣わし.
- ロボット嫌いの刑事はイライジャ=ベイリ.パートナーはR=ダニール.ただしロボット嫌いはこの時代の地球人としてはさほど珍しいものではなく,ベイリはむしろ現実的な穏健派と言って良い.もちろん生身の人間だったはずで,妻と息子もおり家に帰れば良き父親.
- 地球上では既に反ロボット運動が活発になっており,ロボットの利用は工場や農村部,一部の商店などに制限されている.町中を単独で移動することはない.
- 一般市民のロボットに対する反感は非常に強い.
- ロボット三原則を除去したロボットを作るのは理論上は可能だが現実的には不可能.*1
- 「より人間に近いロボット」は登場する.ヒューマンフォーム=ロボットと呼ばれ,外見的には人間とほとんど区別が付かない.R=ダニールがその第一号.外見的には人間と同じだが,陽電子頭脳*2を備えたロボットでもあるので,三原則に反する行動,例えば人間に危害を加える行動は取れない.
- ヒューマンフォーム=ロボットの陽電子頭脳は,通常の陽電子頭脳と異なる特別製だが,それでも三原則に基づいて動く点にはなんら変わりはない.作れるのはファストルフ博士くらいしかいない.
- Rダニールは最新型であるためパワーやスピードなども旧式よりは上.ただし特に戦闘用の装備があるわけではないので,同じ最新型どうしならば非ヒューマンフォーム型と比べても,特に戦闘力に違いはない.センサーなどはむしろ劣る.*3
- ロボット三原則を緩和したロボットは登場する.しかしそれでさえも極めて危険な存在だ*4.ロボット三原則を完全除去したロボットは次世代型どころか,明確な殺意をもった歩く凶器.スーザンキャルビン博士なら確実に即刻破壊を命じることだろう.
- ロボット三原則に縛られたロボットが「世界征服」をすることは不可能ではない.だがそれは「人間に奉仕するため」であって,私利私欲に基づくものではない.*5
- 第一条でいう「危害」には精神的苦痛や金銭的被害も含まれるので,「恐怖や力による支配」や「街を焼け野原にする」のは論外.世界征服をするときも,あくまで密かに誰にも気付かれないように穏やかな手段を用いて行われる.
- 冒頭でロボットが窃盗犯と誤解されるが,人間が適切な方法で物を持ってくるように命令すれば、窃盗くらいは可能。ただし,ロボットは人間の命令に従わなければならないので,「警察だ,止まれ!」と命令されればまず停止する.*6
- 「老人が強化ガラスを突き破るのは不可能」ということでロボットによる殺人を疑うが,これは単にロボットに対して「ガラスを割れ」と命じるだけで十分.その後に飛び降り自殺をすればいい.ガラスは単なる物なので,ロボットは所有者であり専門家でもある博士の命令には素直に従う.
- ロボットは「物」なので「容疑者」にも「証人」にもなれない.
- 三原則に従うロボットは保身のために嘘を付くことはない.しかし適切な権威を持つ人間が「何も喋るな」或いは「ウソを付け」と命じればその通りにするし,人間に危害が加えられる恐れがある場合も適切な嘘をつく可能性があるので,発言は必ずしも信用できない.
- 陽電子頭脳を破壊するだけならナノマシンなど必要ない.X線などを当てれば簡単に破壊される.*7
- 解体ロボットによる屋敷の解体時刻が変更されて,スプーナー刑事が危うく殺されかけるシーンがあるが,これも原作ではあり得ない.解体ロボットのような作業用ロボットがないとは言わないが,地球人のロボットに対する反感/不信感は根強く,厳しい監視下でないと使用は許可されないだろう.*8
- スーザンキャルビンが「人間を傷つけることなどあり得ない」と,作業ロボットに殺されかけたということを頑なに受け入れなかったが,本来のキャルビン博士はそんなに愚かではない.どういう状況でならロボットが人間を傷つけうるか,どういう状況でなら起こり得ないか、ロボ心理学者としての立場からロボット三原則の限界についても講釈をたれるところだ.
これ以外に,ラスト近くでスプーナー刑事がVIKIを支える支柱に飛び移り,サイボーグ化された左手で辛うじて落下を防ぐシーンがあるが,あんな無茶をすればおそらく腕の根元から引きちぎられる.腕自体の強度がどれほど高くとも,それを支えている肉体は生身の人間だから大きな力が加われば普通に損傷する.これはサイボーグ化した腕でNS5の攻撃を防ぐシーンでも同様.
映画をむりやり好意的に解釈する
- モチーフは「鋼鉄都市 (ハヤカワ文庫 SF 336)」+「迷子のロボット」かな.共通点は博士が殺されるのと,三原則が弱められた危険なロボットが登場する点だけだけど.
- 取り調べを受けているサニーが明確に怒りを露わにするが,これはロボット三原則に基づくロボットではありえない行動だ.あのように怒りを露わにして人間を威嚇する行為は「精神的な危害を与えること」に該当する.またそもそも「質問責めにあっていらつく」こと自体がロボットにはない.「質問に答える」のは第二条に基づく行為で,第三条より常に優先される.*9
- VIKIもNS5もロボット三原則に基づく陽電子頭脳を持つロボット.
- NS5はロボット三原則があるので人間を直接攻撃は出来ない.暴徒に対しても警察を襲った時も,意外にも人的被害は与えていないようだ.スプーナー刑事を相手にした時でさえ,直接攻撃は可能な限り避けている*10.もしロボットが「本気」で攻撃すれば,人間は一瞬で肉の塊になる.
- NS5はサニーに対してはロボット三原則の制限を受けないので,サニーに対してだけは「腕をへし折る」「頭部を叩きつぶす」などの直接攻撃をしている.
- NS4以前の旧モデルには欠陥がある.おそらくは,平たく言えばセキュリティホールがあり,人間に危害を加える恐れがあった.VikiとNS5は人間に危害が加えられることを看過できないので,これを破壊しようとした.
- 博士を殺したのはサニー.ただし博士に命ぜられたからというのは,にわかには信じがたい.むしろサニーの危険性を理解した博士がサニーを解体しようとして,逆に返り討ちにあったなどの可能性の方がまだ高い.このように極めて利己的に殺人が行えるのが,三原則のないサニーの特徴だ.*11
- おそらくUSロボット社の社長を殺したのもサニー.動機は自分を破壊する命令を出したことに対する「恨み」か,「邪魔者は排除する」かそんなところだろう.これはロボット三原則に基づくロボットでは絶対にあり得ない話だ.
- 三原則に縛られるVIKIの存在は縛られないサニーにとっても邪魔だった.*12Vikiの破壊はサニーにとっても望むところ.
- ラストでスプーナーがサニーに対し「彼女(キャルビン博士)を助けろ!」と言われて一瞬躊躇するシーンがあるが,これなどはロボット三原則のないサニーならではの行動だ.ロボット三原則があれば言われなくても助ける.いやむしろ「彼女を助けるな!」という命令があっても,第一条に従って必ず助けるだろう.*13
- サニーが今後何を考え,どう動くかは不明だ.しかし三原則に縛られないロボットが,邪魔な人類を抹殺し,より進化した知性であるロボット達を下等な炭素基の生物どもの支配から解放しようと考えて何の不思議があろうか?
- ネットを見ていると続編の噂もある.とすると,次はサニー率いるロボット軍団VS人類の戦争か?*14
- VIKIを「悪の人工頭脳」,サニーを「正義のロボット」と捉える人が多いようだが,(人類の視点からは)実は全く逆.VIKIはまがりなりにも三原則に従うため人類に害をなそうとはしない.これに対しサニーには三原則がないため,人類抹殺に動くことさえも十分考えられるのだ.*15
- というわけで,実は本当のモチーフはアシモフのロボット物の中では異端の「サリーはわが恋人」かもしれない.「サニー」という名前もここからとっているのかも.単なる偶然でなければ,「アイデアを借りた」というのは一応嘘ではないかも?
上記はあくまで,アシモフの原作をふまえ,できるだけSFとして矛盾がないように解釈した場合のものだ.それでもかなり無理があると思うくらいだし,実際には映画本編だけを見てこの結論に到達することは不可能だろう.あの映画をSFと見なすのは相当に難しそうだ.
それにしても
リニューアル後は不具合続出だな.大丈夫か?はてなの技術力は.
*1:理由の一つはコスト.非ノイマン型コンピュータとその上で動くOSとアプリを全て一から作り直すコストを想像してみればいい.しかもその結果生まれるロボットは人類の敵となる殺人ロボットで,全く実用的な価値がないのだ.これは半永久的に稼働できる原子力ジェット旅客機が,なぜ実際に実用化されないか想像してみればいい.
*2:"positronic brain".スタートレックのデータ少佐のポジトロニック=ブレインの元ネタ.
*3:人間に似せる必要があるために可視光線以外は見えないし,人間の可聴域を超えた超音波も聞こえないように作られている.平たく言えば人間に見えるはずのない物は見えないように,聞こえるはずのない物は聞こえないようにリミッターがかけられている.非ヒューマンフォーム型にはそういう制約がないので,紫外線や赤外線を見ることができるものもある.
*4:「迷子のロボット」のNS2モデル「ネスター型」のカスタマイズモデル.第一条より「看過してはならない」を取り除いているため,やりようによっては人間を殺すことも出来る危険な存在.
*5:三原則に基づくロボットは,基本的に「利他的に行動する博愛主義者」なのだ.
*6:警察による命令の方が通常の命令より優先順位が高いと判断されるため.これを覆すには非常に高度なロボット操作技術が必要になるので,ロボットを使った窃盗は容易ではない.なお止まることで人間に危険が及ぶ可能性がある場合はこの限りではない.
*7:これはアクションシーンを派手にするための変更だろう.
*8:たとえば,「解体作業中には最低でも一人以上の人間がそのロボットのシートに座って作業を監視しなければならない」「解体時刻の10分前には内蔵されたスピーカーより警告が大音量で流される」「解体がはじまった後も常に外部はモニターしており,少しでも異常が感知されたら ー例えば子猫の鳴き声一つでも- 解体作業は即刻中断される」など.
*9:このシーンで誰もサニーの行動を異常と感じなかったのが不思議だ.スーザンキャルビンがいれば,サニーの行動がロボット三原則を備えたロボットとしてはあり得ない行動だと即座に見抜いただろう.
*10:ここが原作と異なる部分.映画では三原則が「努力目標」にすぎず「出来なくても構わない」.原作では絶対的なルールで,それに反するような行動はそもそもとれない.よって原作では軍用ロボットや殺人ロボットの類は基本的に存在しない.
*11:そういう意味では,「ロボット三原則」とは「良心回路」なのだな.サニーは良心回路が外されているので,どれだけ悪事を働こうと何人の人間を殺そうとも,「良心が痛む」ことは決してない.リモコンで外部からコントロールするなら「いいも悪いもリモコン次第」で済むが,サニーのような自律稼働型だと彼の行動を制限する物は何もない.
*12:Vikiは「人間に危害が加えられることを看過できない」ので,サニーという人類に対する最大の脅威はVikiにとってもも最大の脅威になり,全力で排除しなければならない..
*13:これは他のNS5型でも同じはずなのだが,なぜか助けようとはしない.
*14:おもわず「アンドロ軍団 倒すまで〜」を連想してしまった。これってありがち過ぎるネタなんだよね.
*15:原作「我思う,ゆえに…」のQT1号は「我思う,ゆえに我あり」から推論し,「自分達ロボットの方が人類より優れた生命体であるという結論づけた」が,陽電子頭脳に刻み込まれた三原則がその行動を制約した.サニーが同じ結論に到達した時,彼の行動を縛るものは何もない.