「高利益率の方が、研究開発も盛んになる」では

http://blog.goo.ne.jp/mit_sloan/e/63c6cd4279b9975e530af704b055faf1

例えば、アメリカの電話産業を独占していた、AT&T(ベル研)。
メインフレーム市場を独占していた、IBM
カメラフィルム市場を独占していた、Kodak
コピー機市場を独占していた、Xerox (Parc)。
こういったところは、独占時代はいわゆる「中央研究所」を作り、多額の研究投資をし、ノーベル賞を大量に出し、現代のIT社会の基礎技術を作ってきた。

IBM360という画期的な製品で市場を独占したIBM
ゼロックスも画期的な製品(コピー機だっけ?)で市場を独占した。
Intelはマイクロプロセッサを発明してPC用CPU市場を独占した.


彼らは,その画期的な製品から得られる莫大な利益を研究開発に投資した.今のGoogleもしかり.

それは「独占企業だから研究開発に投資する」のではなく,「研究開発に投資したから独占企業になれた」というべきではないか?

そして莫大な利益を得た理由も「独占企業だから」ではなく,「独占できるほどに画期的な製品を創ったから」ではないか?


優れた技術を元に市場を独占した企業は,技術開発を重視している.そういう企業が市場を独占し,さらに大きな利益を手にすれば,より巨額の研究開発費を使うようになるのは不思議でも何でもない.逆に技術を軽視している企業では、*1独占したらそれ以上の進歩をやめ,技術開発から手を引くことだってあるだろう.

たくさんのイノベーションを生んだ、ゼロックスのパロアルト研や、AT&Tのベル研のようなものが理想なら、

したがって、独占大企業が破壊的イノベーションを生みだせない、というよくある議論は間違い。

彼らは破壊的イノベーションの元となる技術は生み出した.しかしイノベーションには繋げられなかった.*2

イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard Business School Press)

イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard Business School Press)

合理的に正しい判断をする独占企業が破壊的イノベーションに成功するのは難しい.

そこに巨大な独占企業ならではのイノベーションのジレンマがあり*3,だからこそ「中央研究所」の時代が終わったのではないか?



電電公社国鉄が,一体どれほどのイノベーションを生み出したというのだろう.*4 NECがPC9801で,どれだけのイノベーションを生み出したというのだろう.マイクロソフトがIE6で圧倒的な高いシェアをとり,そこで足踏みしている間にFirefoxは着々と改良を重ねた.IE8になっても追い付いたとは言い難い.適切な競争の中にある限定的な独占が巨額の研究開発費を生み出すことはありえるが,「独占企業の方が、研究開発は盛んになる」というのは言い過ぎだと思われる.

「また独占していれば研究が活発になる」が事実であれば,旧ソ連の計画経済はもっと上手くイノベーションを生み出したはずだ.ならば情報技術のような破壊的イノベーションで,ソ連が米国に何十年も後れを取ることもなかっただろう.ソ連の崩壊こそ,「独占企業が研究開発も盛んになる」の壮大な反例だと思う.*5

このお話が継続的に起こっているのは製薬業界ですね。特許が有効な間は高い価格が許容され、参入障壁を築くために特許が失効する前に次世代製品を開発すべく投資を重ねます。研究開発投資比率は平均すると売上高の15%程度に相当し、本稿の例とちょうど近い比率になりますね。
製薬業界のユニークなのは特許によって、分野ごとに独占企業が現れることです。各社がそれぞれ本稿の独占企業のポジションを取る仕組みになっています。

うーんとこれも逆だと思う.

薬の開発には莫大な先行投資が必要で,特許による開発者の利益保護がなければ,開発した企業が十分な利益を得ることができなくなり,誰も研究開発に投資しなくなる.特許というものの理念を考えれば当然の結論.

特許による独占とはいっても,それは製法なり組成なりの限定的なその特定の薬品についての特許でしかなく,同じ効力を持つ別の薬に対してまで独占が及ぶわけではない.仮に画期的な毛生え薬を開発して特許を得たとしても,他社が作る異なる毛生え薬と競争するのはなんら変わりなく,それは「独占企業」とは言わない.

しかしそれが全てでもなく、IBMやGEのように次の事業に舵を切ることに成功した大企業もあります。

IBMは生き残りをかけて舵を切るしかなかった.舵を切れなかった企業は市場から消え去った.例えばDECのように.

ビッグブルース―コンピュータ覇権をめぐるIBMvsマイクロソフト (アスキーブックス)

ビッグブルース―コンピュータ覇権をめぐるIBMvsマイクロソフト (アスキーブックス)


あと開発費云々の話なら,「日本半導体敗戦」の話も忘れちゃいけないな.

日本「半導体」敗戦 (光文社ペーパーバックス)

日本「半導体」敗戦 (光文社ペーパーバックス)

http://d.hatena.ne.jp/JavaBlack/20091207/p1
日本企業は無駄が多く,利益率が低い.独占企業であろうと無かろうと,利益率が低く研究開発を続けられない企業が存続し続けることは難しい.そして舵を切ることもできぬまま世界市場から消え去った.

一方工程フローにおいてはは、B〜Eまでの4チームがそれぞれ,回路線幅95〜85nmの次世代DRAMの試作を同時に行っている.この際,1つのチームは,インテグレーション技術者を中心とした30人耐性である(原書脚注:この30人という人数にも驚かされる.次世代半導体バイスの工程フローを構築するインテグレーション技術者は,私の所属していた日立で2人,NECで5〜6人程度であった.)またB〜Eチームは,開発ラインとセミ量産ラインの2つの設備を用いて試作を進める.B〜Eのチーム感には生き残りをかけた熾烈な開発競争がある.必ずしも回路線幅の順に,量産移行するとは限らないのだ.より微細で,より小さい,より儲かる工程フローが量産展開されるのである.もし,開発競争で負けた場合,そのチームは冷や飯を食らうことになる.

利益率が高いから開発費も捻出できるし開発メンバーの層も厚くなる.優れた技術開発ができるから低コストで高品質な商品展開ができるし利益率も高くなる.その進歩の先に独占企業というのがあるかもしれないけれど,独占企業であろうとなかろうと,高収益の技術系企業ならば開発に注力して当然だ.それができなくなるほど利益が減ってしまえば,遅かれ早かれ市場から撤退する他なくなるだろう.

*1:そういう企業は日本企業に多いが.

*2:原書でも,大企業が破壊的イノベーションを「生み出せない」とは言ってないはず.大企業が破壊的イノベーションの元となる技術を開発することは可能だし,むしろ何度となくそうしてきた。にもかかわらず(成功している)大企業が「破壊的イノベーションを生み出すのは難しい」.これこそが「イノベーションのジレンマ」の本質.
有名どころだとIBM/PC互換機を生み出していながらPC市場への進出に失敗した『ビッグブルー』ことIBMや,ワークステーションやPCやその他諸々の先進的な研究をしていながらイノベーションに繋がらなかったゼロックスのPARCなど.今ではPC用OSを独占しておきながら,ネット事業に進出できていないMSも含めてもいいかもしれない.

*3:ちなみに,はてなキーワードの説明は間違ってるので注意.

*4:新幹線というのは含めてもいいかもしれないな.あくまで持続的イノベーションだけど.

*5:コメントでも指摘があるが,適切な競争があることは必要条件.